なないろのゆりブロ

百合系創作サイト「なないろのゆり」の更新情報などを中心に書いていくブログです。こちらはひとことおまけがつく仕様すのでよろしくお願いします。
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# カップルになる二人
なにも女性同士に限ったことではないけれども、カップルとして成立する二人というのはそれなりに理由のようなものがあるだろうと思います。
惹かれあうというのは非常に言葉としては平べたくて、裏側にある理由とか打算とかそういうものをひとくくりにしてしまうようであまり好きではありません。
もし惹かれあうのであれば、そこに何らかの理由があるはずだと思います。
例えば寂しさや馴れ合いを付き合いの動機にしていたとしても、その気持ちが片方だけのものであれば他方はその人と無理に付き合いたいとは思わないわけで、「全く違うタイプなのになぜかうまくいっているカップル」というのは表面的なもので、その付き合いが一時的なものでないならそこには何らかの共通点が必ずあると思うのです。
傍目から見る分には、そんな正反対そうなカップルというのは、それぞれの気持ちの内側にある何らかの共通点が探しやすいようでもあり、見ていておもしろくもあります。
「この二人、付き合うかもしれないな」という予感も、きっとそういう気持ちの中の共通点をうすうす感じることができるからだと思うのです。
| comments(0) | trackbacks(0) | 09:03 | category: セクシャリティ考 |
# 女としての勝った感、負けた感
はるか昔、高校時代の国語の先生からおもしろい話を聞いたことがありました。
個人的な経験だったか、それともエッセイストの文章だったか出所は忘れてしまいましたが、梶井基次郎についての話です。
梶井基次郎の文章はとても描写が美しく詞的センスにあふれたものですが、それを読んだある女性は梶井像を美形でかっこいい男性だと思い込んでいたのだそうです。ところが、実際に梶井基次郎の写真を見ると、ひどくごつくてとてもハンサムとは言いがたい見た目をしています。そのことを同性の友人にショックだったと話したところ、同じく梶井基次郎の文章を読んでいたその女性の友人は、「私はこういう人を最初から想像してたけどね」とあっさり答えたといいます。
それを聞いて最初の女性は「この人には女として負けた感じがした」という感想をもったというのが話のオチです。
なるほど、女性が女性に対して「女として負けた」と感じる瞬間はいろいろあるものですが、この話くらいにさわやかに「負けた」感を実感したという話は私はまだ知りません。
| comments(0) | trackbacks(0) | 13:12 | category: セクシャリティ考 |
# ビアンぽいと言われると
どういうわけか知りませんが、例えば芸能人なんかでレズ疑惑なんかがまことしやかに囁かれ始めると、タイミングを合わせるように交際報道や妊娠入籍があるように思います。
そういう場合つい憶測してしまうのが、本当にレズビアンではないにしろ、ぎりぎりのラインでなんらかの気持ちがどこかにあったのではないかということです。
もし本当にレズビアンで本人も自覚をしていて、かつそのことを認めるレベルまで気持ちの整理ができているなら、うわさをわざわざ否定したりわざとらしく肯定したりすることはないと思うのです。(そこまである種”悟り”ができるような女性自体世の中-----というか日本文化の中-----にはめったにいないと思いますが)。
逆に全くその気がなくて、安定した異性の恋人なんかがいたりする場合なら、逆手にとって「レズかも」といった挑発的発言もしてくるような気がします。(逆に言えば、「女性でも素敵と思える人には惚れちゃいますね」とか「好きになった人が女性なら仕方ないかも」といったぼかし発言をする人の方が、心の中できちんと自分は同性愛者ではないと自覚ができているんじゃないかと思います)。
口先ではなく本能的に同性愛者を否定する人こそが、本能として自分が同性愛者であるということを否定しきれず、また肯定もできない揺れた自覚を持つ人のように思います。
そしてそういう人こそ、揺さぶったときに一番面白い反応を見せる人のようにも思います。
| comments(0) | trackbacks(0) | 19:12 | category: セクシャリティ考 |
# 追えば逃げるし逃げれば追う
身近な女性を見ていてたまに見かけるタイプだと思うのが、相手がわりと興味がなさそうにしているうちには自分の気持ちに積極的なのに、相手がひとたび自分の方を向くと、急に逃げるようなそぶりをする人です。
男女の恋愛であればそれほどでもないかもしれませんが、女性同士の関係になると、それが恋愛であるかどうかにはかかわらずちょっと特別な関係であるとそういう傾向があるように思えます。
それが届きそうでかなわないようなものであるうちは、自然に「欲しい」という気持ちで行動をするのかもしれません。ですがそれが急に手元に簡単に手に入りそうになると、それをあたりまえに受け入れることにちょっと戸惑い、時に後じさりをするんじゃないかと思うのです。
少しじれるくらいの感じをなるべく長く続けようとする、という言ってみればちょっとした心理的快感を無意識に追い求めてでもいるんじゃないかとかんぐってしまいます。
| comments(0) | trackbacks(0) | 07:26 | category: セクシャリティ考 |
# 好きになるひと
昨日見た夢がちょっと厳しいものだったのでちょっと。
今好きな人がいるんですが、ちょっとめんどい人です。
自分のペースを守っているようで、とても流されやすくて。
クールにかまえているように見えるのに、とても感情の奥が深くて。
感情に素直そうなのに、どこかひねくれて肝心なところは見せなくて。
嫌だと思っている気持ちをストレートに表現せず、溜め込みながらも前向きにがんばる人です。
私はもともとちょっとおかしい人、欠けている人を好きになる傾向があるのですが。
ある意味彼女は欠けていることが満ちていること、という人なのかもしれません。
美化しすぎなのかもしれませんが。
| comments(0) | trackbacks(0) | 12:26 | category: セクシャリティ考 |
# ほかの人のものである女性
女性は元来Mっ気が先にあるものだという話があります。
考えてみれば、結婚して旦那やら子供やらに尽くして満足感を得るというのは、まさにMな心理であると言えます。
同性愛という視点から見ると、そんなM同士で付き合うというのはなかなか持続した関係を維持するのは難しいようにも思え、結果どこかを境に関係が途切れることがあるような気がします。
最近は血液型診断やらSM診断やらで自分の性格傾向を無理やり一方向に決め付けるのが流行している節がありますが、たとえば単純にSと言っても裏側にはM的な不安や気持ちがあることもあり、その程度は人によって違うものです。
そのバランスを自分で分析して受け止めることができるようになったときに、もしかしたら持続する同性愛の姿というのはできてくるものなのかもしれません。
| comments(0) | trackbacks(0) | 07:26 | category: セクシャリティ考 |
# もてる女の定義
もてる女というのはどういう人なのかと考えます。
単純にスタイルや顔がよいだけというのももちろんあるでしょうが、それ以外にもたとえば親しみやすいとか話がうまいとかどこか人をひきつけるものを持っている人のことではないかと思うのです。
ですが誰か特定の人とすでに付き合っていたとして、それでも別の人からも好かれるとしたらそれはまた違う問題になってくるのではないかと思います。
一つは、当然その人自身に備わっている魅力のため
二つ目は、その付き合っている人に魅力があるため、一緒にいるその人の評価が上がるため
三つ目は、その人と付き合うことで自分自身の魅力が高まっているため
と、いうふうな感じです。
もっとも、さらに付け加えるなら四つ目として、誰かと付き合っているその人と付き合うことで、浮気という形の恋愛の中に優越感を見つけることができるから、というものもあるかもしれませんが。
| comments(0) | trackbacks(0) | 13:45 | category: セクシャリティ考 |
# 別腹心理を考える
前々から女性には別腹があり、どれだけ何かを本気で好きになったとしても、それでもどこかデザート程度のものが入る余裕があるものだと思ってました。
その続きとして最近考えたのですが。
少し前まで、女性同士の恋愛というのは危ういものであるわけだから、百合系物語に男性が入り込んでくると話のバランスが崩れてそもそも百合話としては終わってしまう、という理由で男性が出てくる百合物語があまり好きではありませんでした。結局「常識的な」ラストになることがあまりおもしろくなかったからです。
最近になって百合関係が百合のまま終わる話もやっとちらちら出始めてきた感じがありますが、もう一歩先の話があるような気もしてます。
というのは、もし女性同士が恋愛関係にあったとき、その関係の持続にはやっぱり男性の存在が必要な場合があるからです。
矛盾があるようですが実はそうでもなく、なぜなら女性が女性と付き合うにあたって怖いと思うのは「女性としての価値が失われること」だからです。
どれだけ立派な女性と付き合っていたとしても、まったく男性から相手にされない自分であるということは、自身のプライドに不満が残ります。
自分もそうですが、自分と付き合っている女性にもその人と浮気はしなくても男性にもてていてほしいという気持ちがあります。束縛と嫉妬が強過ぎる場合は当てはまらないかもしれませんが、そういう気持ちはあるのではないかと思うのです。
またちょっと長くなりましたので続きはまた次回。
| comments(0) | trackbacks(0) | 07:09 | category: セクシャリティ考 |
# 誰かを好きになるとしたら
誰かを好きになるとしたら、どこかで「得」を感じられる人がよいと思うのはそれほど悪いことではないと思います。
「得」というと金銭的なものだったり、または一緒に連れ歩いて自慢ができるとか、そういう意味になりがちですがそれだけではなくて、例えば自分にとって何か有益な情報や気持ちを与えてくれるような、そんなことでもよいような気がするのです。
愛情は損得ではない。なんて訳知りぶった人が語ったりしてますが、結果的な勘定で損をしていることはあったとしても損を承知で愛情を選ぶ人はそれほどいないと思います。
何をして「得」と思うかどうか、または何を相手に「得」と思ってもらえるか。
そのあたりのことがまた恋愛に似た気持ちをめんどくさいものにしていたりするんでしょう。
| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: セクシャリティ考 |
# 一途な恋愛?
ごくごく個人的な意見として、私は一途な恋愛というのは信じているのですが永遠の愛なんてのは全然信じていません。
世の中に出回っている恋愛話も恋愛の成就までは一生懸命ですが、その後の維持というのはあっさりしすぎるくらいたいしたことは描かれないものです。
一生同じ人が一緒にいる、というのは楽そうな反面つまらないような気もします。
理想としては一緒にいる続けることで出てくる馴れ合い感に自分を落とさず、いろいろなメンテナンスも続けていければと思うのですが、逆に相手の方でそのメンテナンスの面倒くささを一緒にいる理由にされてしまった場合なんかには、その時点で歩調を乱すことになってしまいます。
恋愛観、というと言葉の響き的には趣味とか考え方とか、比較的短期的なフィーリングに重きがおかれているようでもありますが、実は結構大事なのはその後の長期的なスタンスの持ち方の方なんじゃないかと、少し考えたりします。
| comments(0) | trackbacks(0) | 07:25 | category: セクシャリティ考 |
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